大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高知地方裁判所 昭和50年(ワ)30号 判決 1976年4月12日

原告 繊維株式会社 久保

右代表者代表取締役 久保栄喜

右訴訟代理人弁護士 藤原周

被告 簡易保険郵便年金福祉事業団

右代表者理事長 竹下一記

右訴訟代理人弁護士 上野忠義

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一六七四万九五九五円及びこれに対する昭和五〇年二月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  寄託契約の成立

(一) 昭和四九年九月二五日午後六時半ころ、原告と被告との間において、原告所有の普通貨物自動車(以下本件自動車という)および同車積載の物品(時価一六七四万九五九五円)について、寄託契約が成立した。

(二) 即ち、被告は高知県中村市に、土佐中村簡易保険保養センター(以下センターと略称する。)を経営しているのであるが、センターの利用(宿泊、食事等、以下単に利用という。)を広く一般公衆に求めるため、全国的な宣伝を行ない、その際センターには駐車場が完備している旨を宣伝し、施設利用の誘引をしている。

(三) 原告の従業員吉田敏雄は、昭和四九年九月二三日原告を代理して同センター所長高橋正男に対し、同月二四日、二五日の宿泊の申し込みをし、被告がこれを承諾したことによって、右両日の宿泊契約が成立した。

吉田敏雄は、右宿泊契約にもとづき、同月二四日保養センターに宿泊し、更に翌二五日午後六時半ころ本件自動車を運転し、センターの前庭に到着し、同車を前庭駐車場(以下駐車場という)に駐車させた。

吉田敏雄が、駐車場に車を駐車させたのは、被告の駐車場完備の誘引があり、かつ、被告の管理する場所であるからであり、右駐車により、同車及び積載物は被告の管理する施設内に入り、従って、被告が現実に管理支配の可能な状態に達したのであるから、原告と被告との間に黙示的に寄託契約が成立したものとみるべきである。

(四) 被告は、安田火災海上保険株式会社と右駐車場に駐車させた施設利用者所有の車輛について、賠償責任保険、特に旅館特約による受託物危険担保の保険契約を締結し、駐車場内での施設利用者の車輛の滅失、棄損、汚損、盗取等の損害の填補を約し、現に原告所有の自動車と、同日に棄損された自動車については、保険事故として処理されている現況から考えても、原告所有の自動車とその積載物は、被告の保管、管理下にあったこと、即ち、原・被告間に寄託契約が締結されていたことは明らかである。

(五) ことに現在のような自動車利用者が多い状態で、駐車場が設置されなければ、施設利用者が殆ど期待できないところから、被告は駐車場を完備し、客の誘引行為をしているのである。

しかも旅館業は有償であり、宿泊料その他施設の利用料金中には、当然駐車場の設置管理費等も含むものであること、センターは、中村市街から遠く離れ、自動車なくして施設利用は殆ど不可能であり、従って、利用者は自動車を駐車場に駐車させることが当然予想されること、センターの施設の利用、特に宿泊の場合には、客は駐車場の自動車を自分で管理することが現実に不可能であり、当然センターで管理しなければならない状態であること、センターの従業員で、いわゆる一六勤に当る者は、午後五時一五分から翌朝午前九時一五分までの間、四回、駐車場をも含め、施設の内外を火災、盗難予防のため巡視する義務を有し、現に当夜も従業員大城英人が巡視していることからも原告所有の自動車は被告の保管管理の下にあっとみるべきである。

(六) 吉田敏雄は、昭和四九年九月二五日午後六時半ころ、本件自動車をセンターの駐車場に駐車させたのであるが、仮に被告が右事実を知らなかったとしても寄託契約は成立している。

即ち、吉田敏雄は、毎月一、二回同センターに宿泊している常連であり、同人の職業が、呉服商ないし商用であることを従業員は熟知しており、同人が自動車で到着したことは、当然予想されるのであり、従って同人を出迎えた従業員は当然自動車の有無を確認すべき注意義務があるからである。

(七) ところで、本件自動車及びその積載物品は、九月二五日夕方から二六日の早朝にかけて窃取され、原告は一六七四万九五九五円相当の損害を受けた。

2  よって原告は被告に対し、商法五九四条一項により金一六七四万九五九五円及びこれに対する損害発生の後である昭和五〇年二月七日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)の事実は否認する。

2  同(二)の内被告が同センターを経営していることのみ認め、その余は否認する。

3  同(三)の内、宿泊契約の点のみ認め、その余の事実は否認する。

センターでは、その敷地内である前庭に、白線をもって駐車位置を指定し、駐車場としているが、それは、官庁や一般会社が自分の所を訪れる者の利便をはかるため、前庭等に白線をもって駐車場所を指定しているのと全く同様に、中村センターを利用する者に対し、その場所に駐車を許容しているにすぎないのである。

従って、利用者は駐車場を自由に利用し、駐車した旨の届出もしないし、自動車の鍵も各人が所持している。

右の如く、駐車場の利用については、保管の約束も、物品の受取りもないのであるから、センターの駐車場の利用ということは、被告が自動車の置き場所を提供し、利用者は自己の危険において、その場所を利用している関係にすぎないのであって、被告が自動車やその積載物品について保管を託されているものではない。

4  同(四)ないし(六)の主張は争う。

5  同(七)の事実は知らない。

三  抗弁

仮に原告主張のとおりとすれば、本件物品は一六〇〇万円を越えるものであり、それだけで高価品というべきであるのに、原告からその旨の明告を受けていない。

四  抗弁に対する認否

高価品であるとの主張は争うが、明告してない点は認める。

五  再抗弁

仮りに、本件物品が高価品であったとしても、被告は次の理由によって責任を負担すべきである。

1  客から高価品であるとの明告がない場合であっても、受寄者において高価品であることを知り、又は知り得べき場合においては、注意義務は普通品に対するものと同程度であっても、事故の発生の際は、高価品としての責任が発生すると解すべきだからである。

2  ところで本件の場合、被告の従業員、特に大城英人、佐竹依子は、吉田敏雄が呉服の販売に従事し商用で宿泊したことを熟知していたのであるから、車の有無、積載物の有無、品目、数量は当然明告させるべきであり更に、自動車は駐車場にあり、車窓から車内の積載物の有無数量等を確認することが可能であり、従業員大城英人は火災、盗難予防のため駐車場を巡回していたのであるから、車の積載物を当然確認する注意義務があり確認し得たはずであるから吉田敏雄に、積載物の明告をさせるべきであったのである。

六  再抗弁に対する認否

右主張は争う。

被告は宿泊者に対し質問義務は存しない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  被告が、高知県中村市で土佐中村簡易保険保養センターと称し、宿泊や食事等を提供する場屋を経営していることについては当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、

1  センターは、国鉄中村駅からタクシーで七分位、バス停からでも徒歩で一〇分位かかるが、その最後の五〇〇メートル位はかなり急勾配の登り坂であり、その山頂部分にセンターがある。そして、右五〇〇メートル位の間は、ほとんどセンター専用の道路のようになっている。そのため同センターを訪れる客は、ほとんどタクシーや自家用車、貸切バス等を利用している。

2  センターの敷地内への出入については、門など遮断のための設備はなく、従って敷地内への出入は、二四時間自由な状態となっている。

3  センター玄関前周辺の前庭部分には、白線をもって自動車が駐車する場合の位置を示してあるのみで、柵等が設けられているわけではない。

しかし、被告発行のパンフレットには、駐車場完備と記載されている。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二  原告の従業員吉田敏雄が、昭和四九年九月二四、二五の両日同センターに宿泊したことについては当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、

1  原告会社は、繊維品の総合卸の会社であり、吉田敏雄は同社の呉服部に勤め、高級品の反物等の販売を担当している。

2  そのため吉田敏雄は各地をまわっている関係から、本件盗難に逢うまでに、センターには四、五〇回も泊っており、従業員とも顔見知りとなり、従って従業員も吉田の職業については知っていた。

3  吉田敏雄は、昭和四九年九月二四日センターに一泊し、翌二五日は宿毛市内で仕事をして同日午後六時三〇分ころ本件自動車(トヨタミニエース、ライトバン)に商品(紬、大島、袋帯等をケースにつめていた)を満載して、センターに宿泊するため到着し、自動車を玄関から左方(西側)の白線で指示されている駐車位置に駐車させ、自分で錠をかけ、自動車の鍵は自分の洋服ポケットに入れ、身の廻り品のみを持って玄関に入り、フロントでその夜の宿泊する部屋である二階の「さくら三号室」の鍵を受取って同室に入った。右駐車させるについて従業員に知らせるとか指示を受けることはなかった。

4  同夜午後八時三〇分ころには、吉田の同僚の川瀬、山本もきたが本件自動車のことについてはなんの話も出なかった。

尚、さくら三号室内は勿論のこと、その部屋前の廊下からも、本件自動車の存否を確認することはできない。

5  翌九月二六日朝七時ころ、吉田敏雄は風呂に行くため玄関のそばを通り、たまたま外を見たところ本件自動車がなくなっていることを発見し、早速警察に盗難の届出をした。

尚その際本件自動車以外にもう一台の自動車についても窓が破壊されて、車内の物品がとられるという被害が出ていることが判明した。

6  センターは温泉であるため、宿泊や日帰りの客が多いがその外に食堂があるので、食事のために訪れる客もある。

日帰り客は午前九時から午後八時まで、宿泊客は午後三時から翌朝の一〇時までセンターを利用できるが門限は午後一〇時である。

7  センター職員の勤務体制は、午前七時から午後三時一五分までの人、午前八時三〇分から午後五時一五分までの人、午後一時一五分から午後一〇時までの人、午後五時一五分から翌朝九時一五分の人に分れている。

夜勤は一〇時までであるが、それは二人で担当し、その中の一人はその後も勤務を続けることになっているので、結局午後五時一五分から翌朝九時一五分までの勤務につくことになり、センターではこの勤務のことを一六勤と呼んでいる。

8  前記の如く夜勤は二人でするわけであるが、午後六時三〇分から午後一〇時までの間はこの二人がフロントで事務をとり、午後一〇時になると夜勤者は従事員室で休むが、一六勤の者は午後八時、午後一〇時、午前二時、午前六時の四回火災や盗難予防のためセンターの建物の内外を巡視することが義務となっているが、その外の時間は就寝してもよいこととなっている。

9  昭和四九年九月二五日夜の一六勤の担当者は大城英人であったが、同人は規定どおりに、一回に二、三〇分をかけて四回センターの建物の内外を巡視している。

10  後日判明したことであるが、犯人は本件自動車の前部の三角窓をこわして車内に入り、自動車を運転して坂の下まで行き、そこで反物等のみを窃取し、自動車のみ放置したものであり、犯人は未もって不明である。

11  尚、被告事業団では、その経営にかかる保養センターにおける事故に関し、安田火災海上との間に賠償責任保険契約を締結しているが、それによれば、施設内での財物の紛失や滅失については保険金が支払われることになっているが客の自動車内の財物の滅失等については、保険金は支払われないことになっている。

そのため、本件自動車と同夜に破壊されたもう一台の自動車(前記3で述べた)については、自動車自体を破壊されたことによる損害については保険金が支払われているが、その内部の物品を窃取されたことによる損害については保険金によって填補されていない。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  ところで本件は、商法五九四条にいう寄託があったか否かが争点であるので、以下この点について検討する。

1  寄託とは、受寄者が寄託者のために物を保管することを約してこれを受取ることによって成立する契約であるといわれているとおり、寄託契約の重点は、物の保管という点にあり、しかも、ここにいう物の保管とは、受寄者が物を自己の支配内において、その滅失毀損を防いで原状維持の方途を講じることであると解される。

2  そこで、右の点を本件についてみるに、前記で述べたとおり、原告会社の吉田敏雄は、本件自動車を運転して、センターに到り、同所の前庭の白線をもって示された位置に駐車させ、自動車に錠をし、その鍵は自分で保管して二階のさくら三号室に宿泊していること、駐車した場所は庭の一部であって、白線をもって駐車できる場所であることを示したのみであり、柵等の仕切りが設けられているわけではなく、また、その場所に駐車させるについて、同センターの従業員から指示を受けることもなく空いている所に自由に駐車できるようになっていること、しかもセンター敷地内の出入については門の設備がなく、二四時間出入りは事実上自由になされているというのであるから、これらを総合すると、本件自動車(その積載物品については尚更のこと)について被告がこれを保管した状態になったこと、別言すれば、本件自動車に対する支配が原告(その社員である吉田敏雄)から被告に移ったと解することは到底困難である。

そうすると、吉田敏雄が本件自動車をセンターの所定の位置に駐車させた行為というのは被告が主張しているとおり、被告が、センターの前庭の一部に同センターを利用する客のために自動車を駐車させることを認容していることを利用したにすぎないものと解するのが相当であり、従って、原告の寄託契約成立の主張は採用できない。

四  以上説示の事実によれば、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荒川昂)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例